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2009/08/13 Thuわるいやつらは蓮の下(帝釈天的日記)
もうすぐ64回目の終戦記念日をむかえます。

先の戦争・・というと、京都では応仁の乱を指すといわれますが(本当でせうか??)、終戦から半世紀以上経ち、その戦争を体験された世代も高齢になられた現在、“平和ぼけ”などどいわれる国の若い世代は、どんどんこの悲惨な歴史を考えなくなっていってるのではないかと、ぼんやり思ってしまいます。

私は歴史が好きだったこと、映画やTVや教室に常備されてた「はだしのゲン」の影響をめいっぱい受けていたこと、もあってか、この歴史問題に対して興味を持たないということがなかったですが、同じくらいの年代の子でさえこの国で何が起こっていたのかを知らずに大人になってる子がいて、大層驚いたことがあります。


一時期、《新しい歴史教科書をつくる会》が大きな話題になっていましたが、アニーは昔、たぶんこの関係であるだろう人が書いた「国民の歴史」という本を読んで、衝撃をうけました。

自分が学んできたことが、はたして真実なのかどうか。
与えられた知識を盲目的に信じていいのかどうか。

戦後の教育で育った自分たちの歴史認識というものが、甚だ疑わしき内容を帯びているんだということを初めて考えるきっかけとなった本であります。
その本を100%信じるのも危険なことなのですが、確かに戦後の教育というのはアメリカに負けて、占領されて、安保条約が結ばれて・・・そんな状況の中で再編されたものです。
おおいに米目線が含まれていてもおかしくはありません。

また、本を読んで感銘を受けるにいたった点に、「歴史の時間に近世日本史というのは、なぞる程度でまったく踏み込んだ授業も行われずに終わる」という指摘がありました。

これが私的にかなり説得力のある事実で、今の日本を知る上で、そして日本人であるという誇りを学ぶ上でも幕末から近代日本の建設、そして大東亜戦争終結までは歴史という教科の一番重要な部分であるはずなのに、実際には3学期の忙しいバタバタした時期にちょろっと申し訳程度に授業やって終わった記憶しかないのです。

残念ながら高校では世界史選択だったので、高校の授業がどの程度の内容をやっていたのかは分からないですが、すくなくとも小・中の授業ではそんな感じでした。


そんな教育で育った世代が、今の社会の中心なのだから、あの戦争についての話題が年々少なくなっていくのも当然といえば当然です。
アニーが子どもの頃は、TVの番組もこの時期は戦争関連のものが非常に多かった気がしますが、いまではニュースの特集とぽつぽつと放映される映画くらいしかやってないようであります。

唯一、気を吐いてる様子で少し安心したのは、NHKさんですね。
深夜というのが、残念この上なしですが、戦争の証言などを扱った特集を連日放送してましたし、海軍の上層部の反省会なるもののテープを入手し、戦争責任について問題提起をしていたのは久々に見応えのあるドキュメンタリで、国営放送らしい感じがしました。



と、長々と書いてしまいましたが、今年も「火垂るの墓」は放映されるらしいので、こんな現状にもめげず、先の戦争についてしっかりと学ぶ姿勢をもった子どもたちがいっぱい出てくればい~な~、と思う今日この頃なのです。
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帝釈天アニー

Author:帝釈天アニー
役者。と思います。
一人芝居のDMから映像からその他もろもろは何とか自分でやってる制作者でもありやす。マイナーの女王になりたいようななりたくないような、「第一印象はあてにならない」が信条の遅れてきたアイドル志願。

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